連続交叉アーチの伝播と発展の不思議
 (その3)

現存する連続交叉アーチで、最古のものが、このコルドバのモスク(メスキータ)の門の装飾である。これは961/962年の増築工事で作られたものであるが、当時ハカム二世の時代、スペインの後ウマイヤ朝の文化はその天頂に達し、コルドバはヨーロッパ随一の繁栄と栄華を誇る都となっていた。この都は、コンスタンチノーブルとバグダードに比肩する文化水準を誇り、ヨーロッパや地中海世界の国々から文人、学者、芸術家を集めた。従って、この門がアンダルシアの芸術家によってデザインされたものか?キリスト教徒であるビザンティンの芸術家によってなされたものか?ムスリムであるバクダードから招かれた芸術家によってなされたものか?は不明である。しかしながら、これが初代アブド・アッラフマーン一世から始まり、カリフとなった先代のアブド・アッラフマーン三世まで続いた栄光の時代を、ここで高らかに宣言したデザインであるのは間違いない様に思われる。何故なら、このデザインはコルドバのモスクそのものの内部空間を象徴したものに他ならないからである。世界で初めての連続交叉アーチの装飾は、この地アンダルシアの特徴である馬蹄形アーチの連続形であり、且つその連続するアーチを2系統で前後に絡ませることにより、多柱様式のモスクを表現している。馬蹄形アーチの多柱様式の建築は、アラブが持ち込んだ古典形式のモスクとイスパノ・ローマ人が西ゴート時代を経て継承した馬蹄形アーチの幸福な融合によって、世界で初めてアンダルシアに登場した。

この連続交叉アーチは、ノルマン様式の連続交叉アーチが登場する約100年前に、当時最強のヨーロッパの国家であったスペインの後ウマイヤ朝に登場した。



コルドバのモスクのハカム二世の増築部にある馬蹄形をしたアーチからなる連続交叉アーチのディテール。
神聖にして偉大な最高権力者であるカリフの入り口を象徴するデザインであったのではないだろうか? その証拠として、後の時代の有名な宰相アルマンスールの時代の増築部にはこのデザインは使われていない(アルマンスールは実質的な国家の権力者ではあったが、最後まで自らカリフ位を盗らなかった)。




2006/11/08// 07/01/07追記補正
inserted by FC2 system