Al-Ashiq (medieval name: al-Ma`shuq ? ‘The Beloved’) /アル・アーシク宮殿

877-882年にアッバース朝の第15代カリフ、ムータミドによって、サーマッラーに建設された宮殿 。これ宮殿がサーマッラーを首都した時期の最期の宮殿となり、その後サーマッラーは放棄され、首都はバグダードに戻る。中世の名前はアル・マーシュク、愛されし者の意。
その壁面の多弁アーチは、スペインのコルドバのモスクで961/2年にアルハカム二世によって造られたミフラブの前のマクスラの多弁アーチや、その後の11世紀中頃に建設されたサラゴサのアルハフェリアの中庭の多弁アーチを彷彿させる。この多弁アーチはここでの形状からアーチが分裂して形成されたのではなく、バールベクの神殿の様なローマ時代に遡るニッチのキュドフォーのスカラップ(帆立貝の貝殻)形状から表出されたことが推測される(アル・アーシクとバールベクとでは貝殻の向きが上下逆)。この様なニッチのスカラップの形状を表した多弁形状が、その後アーチとして独立し、多弁アーチとしてスペインにまでも伝えられたのではないだろうか?またムカルナスの起原も、下の写真の多弁アーチの下に見られるニッチの頭部のキュドフォーが複数化複合化したものはないかと私的には考えているのだが、、、、、。


スカラップ形をした多弁形状をもつニッチ。
引用写真:http://users.ox.ac.uk/~wolf0126/
スカラップ装飾のバールベクでの向きは アル・アーシクでの向きは

関連サイト:
http://www.dur.ac.uk/derek.kennet/Ashiq.htm
http://maps.google.com/maps?q=iraq&ll=34.241182,43.808498&spn=0.005359,0.009836&t=k&hl=en →衛星写真

05/10/27//05/12/12//05/12/14追記

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