ちょっと似すぎ!? part 23  連続交差アーチ-その展開 (連続交差アーチからポインテッドアーチへ)

12世紀にイギリス、フランス、イタリアの特にノルマン建築、特にクリュニー修道士が関わった修道院に頻繁に現れた連続交差アーチは、13世紀にゴシック建築がヨーロッパで主流を占めるに従って、見られなくなる。連続交差アーチは果たして失われてしまったのだろうか?

ノルマン様式では、この連続交差アーチの登場後まもなく、ほぼ同時期に、ある種のポインテッドアーチが現れる。このポインテッドアーチはその連続の形式がゴシック様式のアーチとは微妙に異なっている(図参照)。この形態は如何様にして登場したのだろうか?

ノルマン様式 ゴシック様式

イスラーム・スペイン時代に登場する連続交差アーチの構成に注目してみよう。このアーチは真円の半円であるが、ちょうどその円の中心で連続する半円の基点が発生する。すなわち、直径の1/2のポイントで重なっていることになる。ここでさらに半円を重ねてみよう。さらにその1/2、つまり直径の1/4のポイントで、、、。すると、どうだろう?半円ではなく、ポインテッドアーチの連続交差アーチがみえるだろうか?そしてそれを切り取った一部にノルマン様式のポインテッドアーチが構成が見えるだろうか? (図B)。さらにその1/2のポイントで半円を重ねてみる(直径の1/8のポイント)と、さらに傾斜の急なノルマン様式のポインテッドアーチの構成が出現する(図C)。このように、ノルマン様式のポインテッドアーチは、ポインテッドアーチ自体を並べたものではなく、交差連続アーチのアーチの基点を2倍、4倍に増やし、それから派生した図形を抜き出したもと考えられる。

図A 図B 図C

この単純な作図は、当時の石工の匠も、自然な成り行きで行ったことであろう。ここからアーチ製作用の現場の原寸図ではなく、工事を始める前、少なくとも単純な図面がコンパス(ディバイダー)で作成されたであろうことが予測できる(その様な図面は残ってないらしいが、、、)。そうした試行錯誤の後、この図形を会得したのではないだろうか?
このように、連続交差アーチは、一見では識別できない形として、失われたのではなく、ノルマン建築のポインテッドアーチとして継承されているのである。ノルマン建築のポインテッドアーチは連続交差アーチが水平方向に増殖化した形態であると言えるだろう。
(実際イギリスのノルマン様式とゴシック様式には連続交差アーチが共存している建築の例が現存するが、この話は次回に、、、)

ルマン様式のポインテッドアーチの模式図
(図Bの一部分をそのまま切り抜き取ったもの)
/キャスル・エーカー小修道院
図版出典:Castle-Acre-Castle-Priory.html
イギリスのピーターバラ大聖堂の西ファサードには、これを例証するかの様な補助線?付きのアーチがある。c.1195-1230
(図Cの部分を切り抜き出したもの/3スパンが内側のアーチ)
図版出典:http://en.wikipedia.org
それでは、ゴシック建築のポインテッドアーチはどうなのだろう?ノルマン様式のポインテッドアーチは連続交差アーチから派生する連続交差ポインテッドアーチの一部が切り取られた形態である。その為、内側のアーチは外側のアーチの円弧の一部となっているが、ゴシック建築のポインテッドアーチは内側と外側のアーチアーチとはその円弧を共有していない。では全く別の過程から発生したものだろうか?一見すると、ずいぶん異なる印象を与えるが、、、、?
実は、ゴシック建築もまた連続交差アーチから派生するのだ。ノルマン様式のポインテッドアーチは連続交差アーチの起点を2倍4倍に増やし横に連続させることに生じるが、ゴシック建築では、連続交差アーチのスケールを2倍、4倍に拡大し、それらを重ね連続させることによって派生する。図Dは直径2倍の連続交差アーチを重ねたもの。どうだろう?ここにシンプルなゴシック建築のポインテッドアーチが見えないだろう。ゴシック様式のポインテッドアーチの内側と外側が円弧の違いはこうして生じているのだ。図Eではより分かり易くするために、外側のアーチと内側のアーチに内接する真円を加えてみた。これはゴシック建築のアーチ以外のなにものでもない!

ノルマン建築とゴシック建築のポインテッドアーチは、そのコンパス(ディバイダー)による作図にさしたる違いはない。図面上で作図検討された交差アーチは自然な帰結としてムーア様式→ノルマン様式→ゴシック様式を誕生させていったことだろう。このことから考えると連続交差アーチからゴシック様式のポインテッドアーチまでの過程は恐らく一人の工匠による一世代程度のものではなかったかと思われる。イギリスのゴシック様式の建築がその様式の代表的な特徴であるゴシック様式型ポインテッドアーチと同時に、連続交差アーチとノルマン様式のポインテッドアーチを持つのはこうした理由によるのではないだろうか?

図D 図E
ここから盛期ゴシック建築のポインテッドアーチへはさらに単純である。図Dにさらにその倍の直径の連続交差アーチを重ねて見よう。図Fは直径2倍の連続交差アーチと直径4倍の連続交差アーチを重ねたものである。どうだろう?より華麗なポインテッドアーチが見えるだろうか?図Gではより分かり易くするために、図Eに加えて新たに誕生した外側のアーチと内側のアーチに内接する真円を加えてみた。

図F 図G

図Gはすべてのゴシック建築のポインテッドアーチの基本形となる。図Hでは新たに付け加えた大円に内接する円のバリエーションをあげてみた。図Iでは内接する大円の代わりに内接する小円四つを十字状(十字架)に配してみた。そして、図Jでは直径2倍の連続交差アーチを削除して、直径4倍の連続交差アーチとの円弧に内接する三つの円(三位一体)を描いてみた。どうだろうか?、、、、お馴染みのゴシック建築である。

図H 図I 図J

ゴシック建築は、このゴシック様式型ポインテッドアーチを持つからゴシック建築という訳ではない。ゴシック建築の最大の特徴はその空間構成にあるのは、言うまでもない。しかしながら、このゴシック様式型ポインテッドアーチを持たないゴシック建築を私は知らない。

この様に、ムーア建築様式(イスラム・スペイン建築様式)に登場した連続交差アーチは、消し去られたのではなく、巧妙にゴシック建築様式の中に取り込まれたいったのであろう。ムーア建築様式は消し去られるどころかゴシック建築の根幹部にその定理として、また目に見えない真理としてゴシック建築そのものを支えているのである。現存するゴシック建築の時代の建築家或いは工匠の肖像画には、ディバイダーを持つ人物像が多く知られているが、このアーチを操る技術は、彼らの重要な職務の一つであり、職務を象徴するものであった。

コルドバのモスク(メスキータ)に、その多柱様式の空間をイメージさせる為に登場した連続交差アーチは、こうして地域、宗教、民族、時代の壁を超え新たな文化を創造したのであった。人類の英知と建築の偉大さを感じさせないではいられない、なんとも感動的な創造的出来事と言えないだろうか!

*図面をクリックすると拡大図が別ウインドウに現れます。

2006/02/10//2006/02/25追記
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