ペトルス・アルフォンシ(モーシェ・セファルディー)
1106年(40歳頃)に、アラゴン王国ウエスカでキリスト教徒に改宗したユダヤ人。彼の名前は洗礼を受けた聖ペテロの祝日と彼のパトロンであったナバーラとアラゴンの国王であったアルフォンソ1世の名に由来する。
*アルフォンソ1世はナバーラ国王サンチョ大王のひ孫である。彼の妻は離縁することになるが、レオン王国の女王であった。彼女もまたナバーラ国王サンチョ大王のひ孫である。
*ウエスカは1096年までムスリムの統治下(サラゴサ王国)にあった。兄のペドロ1世が侵略。
スペイン諸王系図
中世アンダルシアの主要都市の地図
 彼は、キリスト教徒に改宗してまもなくウエスカを後にしている(その後の足取りや理由は定かではない)。その後、彼はウィリアム征服王の王子ヘンリ1世の侍医の一人となった。11世紀末のスペインの中流階層のユダヤ人やモサラベ達がそうであった様に彼もまた科学、哲学、修辞学の分野でアラビア語で教育を受けていた。スペインでは平凡な知識人であった彼も、当時の後進国であったイングランドやフランスでは驚嘆の念をもって受け入れられた。彼の惑星運行表、天文学、暦計算法、天体観測儀の著作はイングランドで当時の最高の権威をもちその分野の先駆者に最大の恩人として賞賛されている。さらに彼の名前は「聖職者物語」という小編の書物により大衆作家として名声を博した。彼の著作は後の「カンタベリー物語」や「デカメロン」にさえ、影響を与えたと云われている。
イングランド諸王朝の系図
ノルマン・コンクエストの不思議(そしてその後の文化)
 ここで注目したいのが、その時期である。ノルマン・コンクエストの1066年から1100年までの11世紀末の僅か30年の期間に大量の教会がノルマン様式といわれる形式で建て替えられたが、彼がイングランドに渡ったであろう時期がこの時期の直後にあたる。彼のようにイングランドにつれてこられたスペイン人は彼だけではなかったのではないだろうか?

 1066年にイングランドを征服したウィリアム征服王は被征服民に対して王権の権威を示す必要があった。権威を示すには彼らに対して圧倒的な軍事力と文明・文化レベルを違いを示す必要があったのはないだろうか?軍事力の示す恰好の対象がアンダルシア産の名馬であり、文明力を示す対象がスペイン(モサラベ)の建築技術や天文学などの科学技術であり、文化力を示す文学であったのではないか?

 ノルマンコンクエストで軍事力で威圧した後、11世紀末までに建築によりその文明力を誇示し、政権が安定した12世紀には天文学などの科学や文学がその権威を確立するために、当時ヨーロッパで最高レベルの文明・文化力を誇ったスペインから輸入されたのではないだろうか?そしてその多くは軍馬の様にスペインからつれてこられたユダヤ人やモサラベ達であったのかもしれない。

 11世紀末の大量の教会の建設には、おそらくフランスやドイツやイタリアからも職人が招かれたに違いないが、それらとヨーロッパでは最先端のスペインからの職人の技術的融合がここでおこなわれたのではなっかたろうか?そうすれば、それ以前にスペイン以外では殆どみとめられないリブヴォールトやポインテッドアーチやバットレスの技術をはじめ多くのゴシック建築の原型となる形態がここで現れたのは偶然ではない。このイングランドでの最初期の技術的融合的実験が次の世代の職人に影響を与え他に例をみない建築的進化がおこりえたのではないだろうか?

 この様な現象は、たとえば明治維新後の建築様式に似ているかもしれない。東京帝国大学の工学部の前進の工部大学校の教授として英国から招かれたジョサイア・コンドルは確かに優秀な人物であったが、英国でトップの建築家ではなかったし、そのような人材は当時の英国にはザラにいた平凡な建築家といえるかもしれない。しかしながら、当時の日本ではその彼の知識は賞賛にあたいするものであったのは事実であろう。まもなく、そのDNAは彼の弟子や英国以外の海外に留学し帰国した技術者によりその文化・技術力はさらに発達し独自の建築様式が発達することになるが、その状況が11世紀末から12世紀初期のイングランドにおこったと考えられはしないだろうか?官庁の建築だけでなく、民間の建築にも、さらにそれを真似た擬似様式建築にも、さらに和洋折衷建築にも、ハイカラな建築は広がっていった。

 日本が技術を輸入した時、キリスト教文化を輸入したつもりはなかったであろう、、、和魂洋才である。当時のイングランド・ノルマン王朝も、それがスペインのイスラム文化が発祥であることは承知であったかもしれない、、、、が、それも同じで、権力者にとっては、いうなればキリスト教魂イスラム才であったのではないか?

参考文献:寛容の文化/マリア・ロサ・メノカル/名古屋大学出版会
08/07/27
inserted by FC2 system